海堂尊

ジェネラル・ルージュの凱旋」海堂 尊(著)
イノセント・ゲリラの祝祭」海堂 尊(著)
アリアドネの弾丸」海堂 尊(著)
ジェネラル・ルージュの伝説」海堂 尊(著)
ブレイズメス1990」海堂 尊(著)

怒濤の勢いで海堂尊の作品を読みあさってみた。医療系というのかミステリーというのかどのジャンルにはめて欲しいのかが相変わらず分からない。もともと映像化をイメージして作品を書いているんだろうな、と思っていた作家だが、このあたりも良くも悪くも相変わらず。ただ「バチスタ」の一発屋になっていないのは確かなのかな、と。何よりシリーズ作品を長く続けるためによく研究していると思う。特に「バチスタ」から続く「田口・白鳥シリーズ」では各キャラの個性はよく出ているけれど、ファンを引きつける圧倒的なヒーローがいなかったのが課題になると思っていた。しかしそれも「ジェネラル・ルージュの凱旋」で速水医師という人物を作り出すことで全て解決したように思う。この人物にヒーロー像をみてしまった読者は、今後の作品で北方の地名や速水医師をにおわす行が1行あるだけで少なからず期待し思いを馳せてしまい、続きを読み進めてしまうという力を発揮している。ただ、このようなヒーローを作り出した以上、次に登場させるときはこのシリーズはいったん終幕にする感じに書き上げる必要が出てくるのではないかと感じる。故に登場は当分ないだろうと推測。

しかし、ここまで読んでくると、特に「アリアドネの弾丸」のあとにファン本のような作りの「ジェネラル・ルージュの伝説」を読むと海堂尊が医師としての本業分野で訴えている、オートプシー・イメージング(Ai、死亡時画像病理診断)の重要性と社会制度への導入に向けての社会認知をあげるために一連の作品を書いているのがよく分かる。それを訴えるためにもヒット作家にならないといけないわけで、Aiを出さずに序盤の作品で下積みしてから最近の作品で訴えを書く。そういうところがとても計画的な作家だな、と思わずにはいられない。ただ、残念なことに彼の作品を読んだ人が、自分が現実社会で同じ局面にあったときにAiを頭に描くほどには洗脳できていない。

いずれにしても2日ほどあれば1冊読めるくらいの文量なので、気分転換や移動中に読むには最適。せっかくなので堺雅人が演じる映画版の「ジェネラル・ルージュの凱旋」は借りて観てみようかなと思ってるこの頃。


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